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鎌倉と東慶寺
私が実際に行った鎌倉のお勧めのお寺として東慶寺があります。
東慶寺、神奈川県鎌倉市山ノ内にある臨済宗円覚寺派の寺院で
「縁切寺」「駆け込み寺」と聞けば、ご存知の方も多いのではないでしょうか。

江戸時代には、離婚をするとき、夫の側にしか認められていなかったため、
妻は不満があっても、離婚できなかったのですが、
夫と縁を切りたい女性が幕府公認の唯一の駆け込み寺として、
多くの女性が東慶寺を目指したという話ですね。

決して大きいお寺ではないのですが、
私が鎌倉の東慶寺に行ったときは、
うぐいすが鳴いていて(しかも目の見えるところで枝にとまって)
印象深かったですね。
| 東慶寺 | comments(2) | -
鎌倉の浄智寺の行き方
鎌倉の浄智寺の行き方は
明月院などと同様、鎌倉駅より
北鎌倉駅の方が近いです。

JR横須賀線の北鎌倉駅から、徒歩5、6分くらいでしょうか。

住所は神奈川県鎌倉市山ノ内1402になります。

開いている時間は、9時〜16時半まで行っています。
| 浄智寺 | comments(1) | -
鎌倉の浄智寺の歴史
私の好きなお寺の1つ、浄智寺の歴史について調べてみました。

1283年、北条時頼の三男の宗政とその子供の師時(もろとき)が
浄智寺を建てたようです。

北条宗政が菩提を弔うために浄智寺を建て
開基は故人となっていた宗政と、その子北条師時が行ったようです。

鎌倉幕府が滅亡後も寺勢は衰えず、
1356年には火災で創建時の伽藍を失ったことがあるものの
すぐに復興作業が行われたもの、
15世紀半ばころから鎌倉そのものが荒廃するため、
寺の方も荒廃したようですね。

なお江戸時代末まで塔頭8院を維持したそうですが
1923年の関東大震災で浄智寺の大部分が倒壊し、
伽藍は昭和になってから復興されたそうです。

参考URL:wiki:浄智寺
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%84%E6%99%BA%E5%AF%BA
| 浄智寺 | comments(0) | -
鎌倉と浄智寺
私が行ってよかったなと思う鎌倉のお寺の1つに
浄智寺があります。

鎌倉五山の第四位のお寺の1つなのですが、
とにかく絵になります!

鎌倉ののんびりした風景を写真に収めたい方は
この浄智寺ははずせません。

鎌倉駅周辺は、観光名所として人がにぎわっていますが
北鎌倉駅周辺は森林に覆われているので、
緑がほどよくあり、磨り減った石段がとても絵になるのです。
| 浄智寺 | comments(0) | -
鎌倉の建長寺の行き方
鎌倉の建長寺ですが、門がかなり大きいので
行けば建長寺の場所はすぐにわかります。

ただし、駅からは少し歩かなければいけません。
鎌倉駅より、北鎌倉駅の方が近いですが
北鎌倉駅から15分くらい歩く必要があります。

住所は神奈川県鎌倉市山ノ内8になります。
| 建長寺 | comments(0) | -
建長寺の国宝と文化財
鎌倉の建長寺には、3つの国宝、10以上の重要文化財があるようですね。

国宝は、絹本淡彩蘭渓道隆像と呼ばれる肖像画、
大覚禅師墨蹟 法語規則、これは「墨蹟」は禅宗高僧の遺墨を指す用語だそうです。
また、他には梵鐘と呼ばれる建長寺創建当時の数少ない遺品の1つが国宝のようです。

重要文化財としては、
山門
仏殿
法堂
昭堂
唐門
大覚禅師塔(石造無縫塔)
絹本著色釈迦三尊像
絹本著色十六羅漢像 8幅
絹本著色大覚禅師像(経行像)
絹本著色大覚禅師像 霊石如芝賛
絹本墨画観音像 32幅
紙本墨画喜江禅師像
木造北条時頼坐像
黒漆須弥壇
金剛般若経 蘭渓道隆筆
和漢年代記
大覚禅師墨蹟 3幅
西来庵修造勧進状 玉隠筆
(正統院所有)木造高峰顕日坐像
があるようです。

前回、鎌倉の建長寺の歴史で、wikiを参考に記事を書きましたが
建長寺の国宝と文化財についても書かれていました。
| 建長寺 | comments(0) | -
鎌倉の建長寺の歴史
鎌倉の建長寺の歴史について調べてみました。

建長寺は鎌倉幕府の北条時頼によって建設されました。

禅宗の寺院で、北条時頼は熱心な仏教信者であり禅宗に深く帰依していたそうです。

建長寺の創建は、そうした時頼の信仰に基づくことと、
北条氏の権勢を誇示し、当時、海外渡来の最新文化であった「禅」の寺を建てることによって、
京都の公家文化に対抗しようとする意識の現われとも見られるそうです。

よく、建長●年という言葉を、社会科の歴史の授業で聞いた方もいらっしゃると思いますが
この建長は建長寺の建長からとっているそうで、
建長寺は単なる北条氏の私寺ではなく、
官寺としての性格をもっていたそうです。

こういう歴史を知ると、面白いですよね〜

また建長寺は度々、崩壊し修復されたようで
1293年に地震にあったり、
1315年、1416年では火災に見舞われ、
1923年の関東大震災でも大きな被害がうけているようです。

参考URL(wiki:建長寺)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BB%BA%E9%95%B7%E5%AF%BA
| 建長寺 | comments(0) | -
鎌倉の建長寺
鎌倉の有名なお寺の1つに建長寺があります。
私も行きましたが、まず最初に感じたのは
大きい!!!
ということです。
寺が大きいだけでなく、
入館して、見られる範囲が大きく
全部を見ようとすると、数時間かかります。

というのは、建長寺から展望台(山)に登ることができます。
20分ほど急な石段を登る必要があり、かなり疲れますが(笑)
(私は秋に行きましたが、それでもかなり汗かきました)
建長寺を上から一望できるので、登る価値有です。
| 建長寺 | comments(2) | -
鎌倉の円覚寺の行き方
鎌倉の円覚寺の行き方ですが、鎌倉駅より北鎌倉駅の方が近いです。

明月院の行き方のところでも書きましたが
JR横須賀線で鎌倉駅の隣の駅になり、
徒歩1分くらいで着くので、すぐに円覚寺の場所はわかります。

北鎌倉駅で、人の流れに沿って寺が見えたら、そこが円覚寺です。
| 円覚寺 | comments(0) | -
鎌倉の円覚寺の歴史
鎌倉の円覚寺の歴史について調べてみました。

学校の歴史の授業で、北条時宗について習うことがあったかと思うのですが
北条時宗が1278年、文永の役の戦没者の菩提のため一寺の建立を発願したそうです。

当時鎌倉にいた建長寺初代住職の高僧蘭渓道隆という人が死んでしまったため、
北条時宗は代わりとなる高僧を捜していたところ、
1280年に来日した中国僧・無学祖元を開山に招いたそうです。

円覚寺の完成は1282年で鎌倉にはすでに時宗の父・北条時頼が創建した
建長寺が存在していたが、官寺的性格の強い同寺に対し、
円覚寺は北条氏の私寺という性格がより強かったと言われるそうです。

また、中国に帰国しようとしていた無学祖元を引き止めるために
一寺を建立したという事情もあったそうです。

参考URL:wiki:円覚寺
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%86%E8%A6%9A%E5%AF%BA
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